GNK/ゲシュタルトネットワーク関西

「私のゲシュタルト体験」 白坂和美

「私のゲシュタルト体験」     白坂和美

 私は、仕事やワークショップで地方に行くことが多い。そこで出逢った人たちはとても親切だった。静岡県の富士宮に仕事に行った時、少し時間が空いたので、ふらっと電車に乗って山梨県まで足を伸ばした。木々に囲まれ、一本の川が流れている小さな駅を降りた。駅のすぐ前に洋品店があり、その前で、学校へ通う子ども達へ笑顔で声を掛けているおじさんがいた。私は、アジサイ園への道を尋ねた。すると「あっちだけど、そんな荷物と靴(ヒール)ではつらいから、荷物置いていき。それか、雨も降ってきてるから、中で休んでいき。」と声を掛けてくれた。確かに雨も降ってきてるし、都会人の私は荷物を預けるのも不安だった。お言葉に甘えて、休ませてもらうことにした。すると、店の奥に入っていくと、80歳くらいのお母さんと思われる女性が背中を丸めてちょこんと座っておられた。結局、1時間くらいお話をさせてもらった。その帰り際に、お母さんが息子さんに「ほら、あれもっといで、あれ。」と指示をした。すると、息子さんが、お茶を持ってきてくれ、それをお母さんが新聞紙に包んで私に手渡してくれた。そして、飴もくれた。


 その5年後に、鹿児島へゲシュタルトのワークショップへ出かけた。朝、川べりを散歩していると、60歳過ぎのご夫婦が散歩をしていた。やはり、田舎の方は親切で、私に声を掛けてくれた。一緒に体操していきませんか。私は、何気に「はい」と返事をし、奥さんと川べりで柵につかまりストレッチをした。すると「ほら、見てみ、鮎の稚魚が泳いでる」と指をさして教えてくれた。私は初めて見る光景に興奮した。「すごい、いっぱい泳いでる」と無邪気に喜んだ。奥さんが、じゃ、そろそろ帰るとおっしゃって、旦那さんに向かって「ほら、あれ渡し、あれ」と言った。ポケットの中から、飴を2つ取り出し、私に差し出した。10分くらいの出来事だった。

 そのことを百武さんにワークしてもらった。
きっと、他界した両親が姿を変えて見守ってくれているのだろうと解釈していた。
 しかし。「ほら、あれ渡し、あれ」の言葉が気になっていた。2回とも同じなのである。
 ワークの中で父の椅子に向かって、母の立場から「ほら、あれ渡し、あれ」といってみた。何も気づきは起きない。今度は、父の席に座った。百武さんが、「お父さん、あなたは娘さんに何か渡し忘れたものがあるはずです」と言った。その瞬間、気づきが起こった。
 「言葉」と父の席に座っていた私が言った。

 父は、自死していた。そして、母と兄には走り書きの短いメッセージがあったが、私にだけ遺書らしきものがなかった。
それを、届けてくれていたことが分かったのである。17年掛けて忘れ物を届けにきてくれていたのだと私は思った。そして、5年前に亡くなった母と共に。ワークの最後に、何かお父さんに伝えたいことはある?と百武さんが言った。「甘い、キャンディだったよ。確かに受け取った。」飴を手にした手をギュッと握りしめ、父にそう伝えた。愛情を確かに受け取った瞬間だった。
 とても、穏やかにワークを終えた。波の立っていない湖のような穏やかな心境だった。そして、鮎の稚魚のように私も泳ぎだした。その1週間後に、私と同じ喪失体験をもつクライアントが飛び込んできた。そして、無事にワークを終えることが出来た。
 自分の人生と向き合いながら、鮎にように「今ここ」を泳ぎながら生きていきたいと思います。

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