
介護職 Bさん ゲシュタルトネットワーク関西ベーシックトレーニングコース(1年間)修了生
想い
なんか色々感じながら、少しずつ込み上げてくるものを紐ほどきながら書いてみました。心理学とかあまり知らない人にも目に止まって少しでも伝わればいいなぁと思います。
ゲシュタルト療法へのきっかけ
まず私がゲシュタルト療法トレーニングコースを受けることになったきっかけは、元々ゲシュタルト療法をベースの1つとしているNLPという心理学を学んでいたことがきっかけでした。元々私は昔から人間関係の悩みや家庭の問題、過去にあった辛い出来事のトラウマ等があり生き辛さを抱えていました。
NLPとゲシュタルト療法の関係
そのため自分の心の傷を癒したいと思っていた頃、NLPという心理学に出会い学びました。そのNLPの中でゲシュタルト療法の技法を取り入れたワークをした後に、長年家族に打ち明けられなかった個人的な悩みを楽に打ち明けることが出来るという経験をしました。そのことからNLPの学びが修了した後もそのベースであるゲシュタルト療法を深く学びたいという思いがどこかにありました。そしてある日名古屋で友人に誘われた集まりで、ゲシュタルト療法に関わっている方と出会いました。その方とは少しお話をさせていただいただけなのですが、その時の空気感が言葉にできないような不思議な感覚で、家に帰った後も、その感覚が残っていました。なぜかゲシュタルト療法のことが頭から離れず、ゲシュタルト療法を学んで将来どうしたいのか❓という深い考えもなく、考える前に身体が動きトレーニングコースを申し込んでました。
ゲシュタルトと場
トレーニングコースの場はどんな自分の悩みでも話しやすい場となっています。1日目のまだ慣れない時でさえ、ゲシュタルトの場にいる皆さんは丁寧に向き合って下さいました。普段日常生活の場ではこんな悩み言ったら引かれるんじゃないか、重いとおもわれるんじゃないかという深刻な悩みでも、それを話せる安全な場だと感じました。ゲシュタルト療法では心と身体は繋がっているという考えの元、身体の感覚を感じることで自分でも気づいていない自分の思いに気づけることがあります。そしてある場面になると胸がザワザワしたり、頭がボーッとしたり、身体が硬くなってしまったり、、。身体に向き合うことで心にも向き合え、自分では何か知らないけど苦しいと感じるなど明確になっていない悩みでさえも、段々と明確になってきて、ああこのことで悩んでいたんだと気づけたりします。また、トレーニングコースの場はグループセラピーの場なので、自分の悩みを取り扱っていても、周りに人がいます。周りに人がいるところで、悩みなんて話せない!と思いがちですが、むしろ周りに人がいるからこそ、見守られている安心感がありました。ワークが終わったあと、周りの人から希望すればフィードバックがもらえます。似たような経験をしている人がいて、そのことで悩んでいた自分だけじゃなかったんだと安心につながったり、逆に別の視点から見てる人がいて視界が開けていく感覚になることがあります。腹黒い自分(笑っ)や邪な自分(笑っ)であっても、ジャッジされることなく、安心して表現できる場でもあります。だからこんなこと考える自分はなんて汚いんだろうと責めていたことが、そんな部分もあるよねー人間だもの♪と楽になったりすることも多いです。
ゲシュタルト療法トレーニング後の変容
ゲシュタルト療法のトレーニングコースを1年間受けての変化をお伝えしたいと思います。
トレーニングコース受け始めた1年前、ちょうど今と同じようにコロナウイルスが蔓延しており、高齢者施設で働いていた私はマスメディアの報道を見る度に、自分がいつかコロナウイルスに感染させて高齢者殺してしまうのではないかという不安と恐怖に駆られていました。また、どこかに自分はいつも人を傷つけるんだという意識があり自分を責め続けながら生活していました。それがトレーニングコースを受けて1年後の現在、少しは人を傷つけてしまうのではないかという感覚は残ってますが、あの時から見ればビックリするくらい気持ちが楽になっています。コロナウイルスの感染対策はもちろんしますが、過度に殺すのではないかという恐怖に襲われることはなくなったのです。それはワークを続けていく中で自分の心の中で起こっていることに気づいて向き合っていけたからだと思います。
ゲシュタルトの仲間との繋がり
また私は人と人との「繋がり」という言葉を聞くとなんとも言えない気持ち悪さというか嫌悪感を感じていました。誰かが人と人との「繋がり」という言葉を発するたびに、綺麗事言いやがって、、と内心毒づき、鼻で笑ってましたっ笑。それが自分でもいつの間にか、さり気無く、人との「繋がり」を〜という言葉を使っていることに気づき、その変化にびっくりしています。今は照れ臭いくらい結構「繋がり」って言葉を使ってます笑。ゲシュタルトの場で人と人との距離感を大切にしながら関わっていくことができるようになったからだと思います。
グリーフワークとゲシュタルト:父との別れ
そして、次に感じた変化は亡くなった父に対する思いでした。私は父に対する過去のトラウマがあり、どこかで父を責め、憎んでいました。頭の中では親に感謝しないととはいい聞かせつつも、感情はついていかず、心の中で自分は父を愛せないひどい子なんだ、父のせいにする子供なんだと自分をも責めていました。しかしそのことについてワークをした際、憎いという気持ちを感じたその奥に、寂しい思いや、もっと父と向き合いたかったという思い、父を傷つけたのではないかという後悔、父と一緒に過ごせて楽しかった思い、そんな色々な感情が溢れてきました。自分の胸の奥にある温かな感情に気づき、ああちゃんと私は父を大切に思えてたんだなということに気づくことができました。そして、目の前に亡くなった父の姿を想像することで、本当に伝えたかった言葉を伝えることができました。「そっちでも元気でやってね。」と。父は苦しんで亡くなったと思ってたので、まさか自分の中にそんな思いがあるなんて気づきもしませんでした。その言葉を口にした瞬間、自分が救われていくような、肩の荷が楽になるような穏やかな感覚になって涙が溢れてきました。父が亡くなって約8年、ずっと父の死を受け入れられなかったのが、このワークを通してお別れを言えたことで、自分の中にある時計の針が進んだような感じがします。
向き合うことと癒し
私がこうして楽になり、気持ちが変化していったのは、ゲシュタルトの場で自分の悩みや苦しみに向き合い続けたおかげでした。ずっと向き合えなかった辛かったことと向き合い、癒やせたのは何よりも大きな経験です。
「今、ここ」からの楽しみ
トレーニングコースのベーシックを修了し、次の一年はアドバンスコースに進むのですが、そのアドバンスコースではファシリテーターの体験を重ねていけるとのことで、楽しみです。
